近衛年表 敬称は略させていただきました。 |
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年齢(数え)・年月・世の中 | 出来事 | 作品など (出来事にも載せています) |
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0 | 1914年 (大正3年寅年) 第一次世界大戦勃発 |
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15 | 1929年* (昭和4年) 世界恐慌 *「’10年 米百俵まつり」松方さんのインタビューより |
*工業学校卒業後、長岡鉄道建設事務所に勤めるが、時代劇映画俳優にあこがれ、母や姉妹の強い反対を押し切り上京。 |
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18 | 1932年* (昭和7年) 5・15事件、桜田門事件 *1929年と言う説もある |
*工業学校卒業後鉄道会社に就職。 しかし時代劇俳優になる夢捨てがたく、母や姉妹、親戚の強い反対を押し切り、 9月 奈良あやめ池の市川右太衛門プロダクションに研究生としてはいる。当時の芸名は長岡秀樹。 *中島尋常高等小学校卒業後というプロフィールもある *上京後、工業専門学校二に入るというプロフィールもある(思い出ばなし5 「今週のスター」) |
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19 | 1933年 (昭和8年) 日本は国際連盟から脱退、準戦時体制へ |
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20 | 1934年 (昭和9年) |
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映画=4本 『上州巷談 ちりめん供養』 『曲斬り街道旅』 など |
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21 |
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映画=15本 『銀平崩れ格子』 『浪人斬風剣 』 『阿修羅八萬騎』 『疾風蜥蜴鞘』 など |
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22 | 1936年 (昭和11年) 2/26事件 |
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映画=6本 『疾風蜥蜴鞘』 『双龍一殺剣』 『百万石 加賀の若殿』 『北時雨戀の旅笠』 など |
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23 | 1937年 (昭和12年) 日中戦争勃発 |
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25 | 1939年 (昭和14年) 第二次世界大戦勃発 |
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映画=17本 『真田十勇士 前・後篇』 『京洛遊侠傳』 『帰ってきた銀平』 『忍術千一夜』 『絵本忍術道場』 『薩南大評定 前・後篇』 『怪傑紅蜥蜴 前・後篇』 『忍術水滸傳 など |
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26 | 1940年 (昭和15年) |
映画=14本 『隠密三国志 前・後篇』 『天保水滸傳』 『渦巻く浮雲城 前・後篇』 『修羅八荒 前・後篇』 『隠密縁起 前・後篇』 など |
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27 | 1941年 (昭和16年) 真珠湾攻撃により太平洋戦争勃発 |
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28 | 1942年 (昭和17年) |
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映画=1本 舞台=沢山あったはず! |
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29 | 1943年 (昭和18年) |
舞台=本数不明 『宮本武蔵 一乗寺決闘』 『ふるさとの風』 『次郎長外伝 森の石松』など |
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30 | 1944年頃 (昭和19年頃) |
舞台=本数不明 『宮本武蔵 二刀流開眼』 『征け北太平洋』 『信州路の忠治』など |
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31 | 1945年 (昭和20年) 太平洋戦争終わる |
3月 再び、招集を受ける。* 朝鮮・羅南で終戦を迎えるが、捕虜になり満州・延吉に。 |
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32 | 1946年 (昭和21年) |
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舞台=沢山あったはず! | ||
33 | 1947年 (昭和22年) 日本国憲法施行 |
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舞台=沢山あったはず! | ||
36 | 1950年 (昭和25年) 映画界にチャンバラ復興の兆し、時代劇スターが銀幕にカムバックし始める |
舞台=沢山あったはず! | |||
37 | 1951年 (昭和26年) 女剣戟ブーム |
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舞台=沢山あったはず! | ||
38 | 1952年 (昭和27年) |
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映画=1本 | ||
39 | 1953年 (昭和28年) |
2月 嵐寛寿郎の綜芸プロダクションで端役にちかいところから再出発。 大河内伝次郎主演の新東宝映画『名月赤城山』に出演。 |
映画=11本 『鞍馬天狗と勝海舟』 『近藤勇 池田屋騒動』 『戦艦大和』 『鞍馬天狗と勝海舟』 『危うし!鞍馬天狗』 『荒川の佐吉 遊侠夫婦笠』 など |
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10月 松竹に入社し、『花の生涯』に、初出演(1人2役)。 |
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40 | 1954年 (昭和29年) |
1月 『お役者変化』 が公開され、以後、高田浩吉の敵役として売り出す。 |
映画=12本 『素浪人日和』 『傳七捕物帖シリーズ』 『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』 『七変化狸御殿』 など |
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41 |
1955年 |
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映画=11本 『喧嘩奴』 『風雲日月双紙』 『八州遊侠傳 源太あばれ笠』 『大江戸出世双六』 など |
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42 |
1956年 |
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43 | 1957年 (昭和32年) |
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44 | 1958年 (昭和33年) |
映画=15本 『傳七捕物帖シリーズ』 『江戸群盗伝』 『天保水滸傳』 『女ざむらい只今参上』 『太閤記』 『女侠一代』 『大盗小盗』 『忠臣蔵 暁の陣太鼓』 など |
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45 |
1959年 |
3月 『江戸遊民伝』公開、キネマ旬報で高い演技評価を受ける。 |
映画=13本 『朝焼け雲の決闘』 『修羅桜』 『傳七捕物帖シリーズ』 『巌流島前夜』 『晴れ姿勢揃い 剣侠五人男』 など |
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10月 『柳生旅日記 天地夢想剣』が公開され、ライフワークとなる柳生十兵衛を演じる。 |
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46 | 1960年 (昭和35年) |
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6月 『スター千一夜』で、テレビ初出演。 |
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47 | 1961年 (昭和36年) |
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3月 代表作の1つとなる『柳生武芸帳』が公開される。 同月、『創立十周年記念 赤穂浪士』で、近衛・松方親子初共演。 |
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48 | 1962年 (昭和37年) |
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49 | 1963年 (昭和38年) このころより、東映はヤクザ映画路線へ |
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50 | 1964年 (昭和39年) 東京オリンピック |
10月 最後の柳生十兵衛シリーズ『十兵衛暗殺剣』が公開される。
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51 | 1965年 (昭和40年) 松竹京都撮影所閉鎖 |
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7月 テレビ『柳生武芸帳』終了 |
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10月 テレビ『素浪人 月影兵庫』第一シリーズが始まる。 |
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52 |
1966年 |
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53 |
1967年 |
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12月 大映映画『座頭市 血煙り街道』で、勝新太郎と迫真の殺陣シーンを繰り広げる。 | |||||
54 | 1968年 (昭和43年) 三億円事件 |
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12月 テレビ『素浪人 月影兵庫』第二シリーズ終了。 |
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55 | 1969年 (昭和44年) アポロ11号が月面着陸 |
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56 | 1970年 (昭和45年) 万博 |
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映画=0本 テレビ=1本 |
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57 | 1971年 (昭和46年) |
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58 | 1972年 (昭和47年) |
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59 | 1973年 (昭和48年) 石油危機、金大中事件、魚介汚染 |
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映画=0本 |
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9月 テレビ『素浪人 天下太平』終了。 |
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60 | 1974年 (昭和49年) |
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61 |
1975年 |
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62 | 1976年 (昭和51年) ロッキード事件 |
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7月 ヤイ夫人の死去後、芸能界を引退。 |
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63 | 1977年 (昭和52年) |
ファンの心の中に永遠に生き続ける、数多くの仕事を残す。 |
参考文献 「殺陣 チャンバラ映画史」 永田哲朗著 「近衛十四郎へのオマージュ」 永田哲朗著 「ふるさと 長岡の人びと」 (編集・発行 長岡市 H10年3/31発行)石川徳男(長岡郷土史研究会員)著 「近衛十四郎フィルモグラフィー」 (最上敏信さまより、当サイトのフィルモグラフィーにいただいたもの) 「このちゃん本」 (皆さまより、近衛本作成のためにいただいた情報) 「ザ・20世紀」 (同時代の出来事) 「近代歌舞伎年表京都編別巻 昭和18年〜昭和22年補遺・索引、第1巻」 国立劇場近代歌舞伎年表編纂室 (三四郎さま、中村半次郎さまより) *「ファミリーヒストリー 松方弘樹・目黒祐樹 〜芸能一家の歳月 兄に送ったエール〜」(NHK 2017年2月2日放送) 「1936Daitoeiga」(大都映画宣伝部 S12・5・3発行 国会図書館thanks 中村半次郎さま) 協力 中村半次郎さま 前ページへ / 次ページへ / ホームへ |